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お菓子と娘
二葉 あき子 |
作詞:西條 八十
作曲:橋本 国彦 |
パリの一番美しい5月。街の娘達が美味しいエクレールなどを齧りながら、公園や並木通りを歩く姿は、戦前の日本では想像も出来ない風景。それを目撃した西條の驚きと微笑みの感じられる詩に橋本国彦が作曲。小粋で軽やかな詩や曲は聞いているだけで心が弾む。 |
| 2 |
東京音頭
小唄 勝太郎
三島一声
昭和8年 |
作詞:西條 八十
作曲:中山 晋平 |
もともと「丸の内音頭」という曲名で1932年(昭和7年)に制作され、日比谷公園での盆踊り大会で披露されていた。曲はそのままで歌詞を大東京全域を歌ったものにした「東京音頭」を企画。これを勝太郎・三島一声に吹き込ませると、東京ばかりか日本全国の空き地に櫓がくまれ、老いも若きも浴衣姿で毎晩踊りの輪に加わったという。 |
| 3 |
旅の夜風
霧島 昇
ミス・コロムビア
昭和13年
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作詞:西條 八十
作曲:万城目 正
出版社:全音楽譜出版社(曲のみ)
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映画では「婦人倶楽部」に連絡された「愛染かつら」(川口松太郎作)が松竹大船で映画化。作者川口は西條八十の抒情詩の「母の愛」にヒントを得たということで「主題歌は是非西條先生に」と依頼した。幼いわが子の急病で列車に遅れそうになり駆けつけるシーンに用いられた。 |
| 4 |
東京ブルース
淡谷 のり子
昭和14年 |
作詞:西條 八十
作曲:服部 良一 |
戦後も同じ題名のブルースが生まれているが、戦争中に灰色の青春時代を送った人々にとってはこのブルース程懐かしいものはないだろう。東宝映画「東京ブルース」の主題歌で、監督・斉藤寅次郎、出演・川田義雄(後の晴久)、渡辺篤、奥山彩子など、昭和14年9月30日封切っている。なにしろ監督が喜劇の神様だけに、前編これ抱腹絶倒の作品で、主題歌はあまり印象に残らなかったものの映画の上映後も「東京ブルース」の旋律口笛に乗って、ミルクホールの案電蓄で都会から町や村へと歌は見事に広まった。 |
| 5 |
蘇州夜曲
霧島 昇
渡辺 はま子
昭和15年 |
作詞:西條 八十
作曲:服部 良一
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渡辺はま子の歌う「シナの夜」が空前のヒット、東宝が同名の映画「シナの夜」を製作。その映画の挿入歌として李香蘭が蘇州夜曲を歌い(オリジナルは渡辺はま子)、蘇州湖畔のラブ・シーンに流れるこの歌はいつの間にか人々の心に残り静かに長く愛された。この映画音楽の作曲の為に服部良一が蘇州に赴く出発直前、西條が出来上がったばかりの原稿を料亭の電話口で服部に読み上げた。西條が「君がみ胸に〜」と詩稿を読み上げると常連の客達がクスクス笑う。殺伐な軍歌ばかりを耳にしていた時代なので国民は甘い言葉に飢えて敏感になっていたのが分かる。外国では「Chinababy in my arms」のタイトルとして愛好されている。 |
| 6 |
誰か故郷を
想わざる
霧島 昇
昭和15年 |
作詞:西條 八十
作曲:古賀 政男 |
ナンバーワンふるさとソング。この歌が発表された昭和15年は大陸の戦線が拡大し、戦時体制が一段と厳しくなった時代。感傷的なムードの歌の発売やまたそのヒット性が危ぶまれが、発売してみると前線の兵士たちの間で大流行しそれが内地に反映し国内でも大ヒットとなった。中国派遣軍の慰問に行った渡辺はま子が将兵の前でこの歌を歌うと、最前列の大将が大粒の涙を流しているのを見て胸がつまり彼女も泣き出してしまう。すると聴いていた将兵全員が我慢できなくなり男泣きに泣いて渡辺はとうとう歌えなくなり幕をしめてもらったというエピソードがある。長期戦の様相の中、前線では厭戦感が充満していたことが分かる。 |
| 7 |
青い山脈
藤山 一郎
奈良 光枝
昭和24年 |
作詞:西條 八十
作曲:服部 良一 |
石坂洋二郎の新聞連載小説「青い山脈」を昭和24年に東宝が映画化したときの主題歌。男女共学に慣れていない終戦直後の東北の高校生活を描いている。監督今井正。出演原節子、竜崎一郎、木暮実千代、池部良、昭和24年7月19日に前編26日に後編が封切られた。その4ヶ月前にレコードが発売されており既に観客が画面に合わせて口ずさむ程ヒットしていた。この映画はその後数回にわたり映画・ドラマ化され、その都度この二つの主題歌が使われている。 |
| 8 |
王将
村田 英雄
昭和36年
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作詞:西條 八十
作曲:船村 徹
出版社:コロムビアソングス株式会社(曲のみ) |
将棋の鬼と謳われた坂田三吉名人の心意気を歌った村田英雄の代表傑作曲。戦後初のミリオンセラー。ロカビリー、ツイスト流行の当時にあって、この日本的なメロディーはかえって人々の心を捉えた。〜愚痴も言わずに女房の小春、つくる笑顔がいぢらしい〜夫の為だけに生きた西條の妻晴子。彼女が亡くなった時西條は多忙を極めろくに看護できなかった。そのことを悔いたその想いから翌年この楽曲が生まれる。高度経済成長の応援歌。 |
| 9 |
絶唱
舟木 一夫
昭和41年
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作詞:西條 八十
作曲:市川 昭介
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さりげない言葉で雪の消え残る山間におずおずと蕾を開こうとする愛らしい花が目に浮かぶ。映画は山陰の大地主の息子と山番の娘の純愛が戦争と古い封建性に阻まれるという悲劇。タイトルどおり舟木一夫の絶唱ぶりが話題になり、この年の日本レコード大賞歌唱賞を受けた。舟木一夫は歌手としての頂点をここで極めたと思われる。 |