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星野 哲郎
星野 哲郎
文章/伊藤強
 星野哲郎は、海の男である。大正14(1925)年9月、山口県大島郡で生まれる。水泳が得意だった。昭和21(1946)年、高等商船機関科卒業。昭和22(1947)年、日魯漁業下関支社に入社するも、体調を崩し、退社して3年間の闘病生活をすることになる。入院中、生活のためもあって、懸賞金めあての作詩をはじめ、圧倒的な力量で、懸賞仲間では著名な存在となる。
 正式にデビューしたのは昭和28(1953)年、その前年に行われた、コロムビア・雑誌「平凡」共同による募集に応募した歌の入選歌「チャイナの波止場」である。この作品は、当時星野が英語や国語を教えていた女子学生が、その募集のことを知り、それを星野に知らせて応募したものだった。この入選作は竹岡信幸作曲、コロムビア・ローズ、霧島昇の歌でコロムビアから発売された。この後、昭和29(1954)年、NHK広島中央放送局30周年記念募集に応募した「ともだちの歌」NHK職場の愛唱歌入選の「桐の実」九州朝日放送10KW完成記念募集入選歌「大福岡行進曲」などがあり、昭和32(1957)年、横浜開港百周年記念事業で一等入選した「浜っ子マドロス」(作曲・船村徹、歌・美空ひばり)につながる。そして昭和33(1958)年、これまたコロムビア・雑誌「平凡」の募集入選歌「思い出さん今日は」(作曲・古賀政男、歌・島倉千代子)、同じ年の松竹映画主題歌一等入選「放浪の旅愁」(作曲・万城目正、歌・島倉千代子)など、さまざまな歌に応募し、入選を果たした。この年の6月にコロムビアと専属契約をむすび、その後は小林旭、畠山みどり、都はるみ、そして昭和39(1964)年以降は日本クラウンに移籍し、水前寺清子、北島三郎など、演歌歌手の多くにすぐれた作品を提供し続けてきている。作曲家・船村徹とのコンビの作品が多く、船村のほうが年下だが、前述「浜っ子マドロス」の入選に関して船村の力添えが大きかったことから、船村に対して兄事している。スターに仕立て上げた歌手は数知れず、とくに「恋は神代の昔から」でヒットを出した畠山みどり、「アンコ椿は恋の花」の都はるみ、クラウンでは「涙を抱いた渡り鳥」の水前寺清子らが有名である。ほかにも、初期の「黄色いさくらんぼ」(歌・スリーキャツ)「昔の名前で出ています」(歌・小林旭)「男はつらいよ」(歌・渥美清)「長崎の夜はむらさき」(歌・瀬川瑛子)「お金をちょうだい」(歌・美川憲一)「ワイングラスの涙」(歌・栗原小巻)など、多彩な作品がある。
  また、昭和55(1980)年、北島三郎「風雪ながれ旅」は、第1回古賀政男記念音楽大賞を受賞したほか、昭和62(1987)年、美空ひばり「みだれ髪」「塩屋岬」(作曲・船村徹)は、昭和の名曲として、高く評価されている。
 若手歌手を育成することにも力を尽くし、昭和63(1988)年から、年に1回、故郷の山口・周防大島で「演歌蚤の市」を自前で開き、実力がありながらチャンスに恵まれない歌手たちに、発表の場を与えている。
 これまでに書いた曲は約3000曲。演歌一筋に書き続け、いまも現役であり、一日一編の詩を書くことを自分に科しているという。人類は、海にいるイルカと同類で、たまたま海に住んでいるのがイルカであり、陸に上がったにが人間だという説を唱える。昭和46(1971)年 運輸大臣海事功労賞、昭和61(1986)年 紫綬褒章、平成11(1999)年 NHKから放送文化賞、平成12(2000)年 勲三等瑞宝章など、受賞歴は多数。著書に「歌、いとしきものよ」「紙の船」「妻への詫び状」がある。最近は早朝の散歩の傍ら、捨てられている空き缶を拾って、公園の美化にも力を尽くしている。本名・有近哲郎。


スタッフより
星野哲郎先生は平成22年11月15日に永眠されました。
この原稿は先生がお亡くなりになる前に書かれたものです。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

伊藤強 
音楽評論家。東北大学文学部を卒業後「週間読書人」入社。昭和34年に報知新聞社に移り、文化部で映画、音楽を担当。昭和45年よりフリーの音楽評論家として大衆音楽・芸能の文化研究を専門に活躍中
http://www.a8k.jp/ito/

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